~孤軍奮闘~

うつ病などの心の病、ADHDなどの発達障害の方たちへのお助けブログです...。

うつ病完治への道①

こんにちは、ヤマトです。

今日は記念すべき第一回目ですが、まずは私のうつ病になったきっかけをお話ししつつ、うつ病への心構えを述べたいと思います。

まず、私は非常に繊細な人間で、感受性豊かな人間であったといえることが出来ると思います。(自分で言うのもかなりはばかられますが(笑))それから、概してうつ病にかかる人間というものは、そういった気質を少なからずもっていると私は思っています。

それから、他にも特徴を述べますと、変なところで大真面目、自分ルールが多い、自分に厳しい、といったところもあげられるでしょうか。

こうやって書いていると、自分のことのように思われる方も少なくはないと思います。そうです、うつ病にかかる方はかなり繊細で真面目であるということが言えると思います。

そんな変に真面目な私がうつ病にかかったのは大学生の頃でした。

その頃、私は芸術肌の青年で、小説などを書きつつ、哲学科に通っていました。

ちゃんと勉強をしていたかと言われると、少し自信がありませんが(笑)哲学の授業はとても好きだったことを覚えています。

そんな私が病気になったきっかけはまず一つに、大きな失恋、別離を二回ほど経験したことにありました。

一年の時に、好きだった子がいました。仲良くなれたはいいものの、ささいなことで喧嘩をしてしまい、そこから全く音信不通になってしまいました。原因は、私の過剰なアドバイスでした。彼女はメンヘラっぽい気質で、よくアドバイスをしていたのですが、それが彼女にはだんだんと鬱陶しくなっていったのでしょう。彼女のためだと考えていた僕には、すごくショックだったのを覚えています。その周りに居た女友達とも音信不通になってしまいました。そこで僕の中で何か暗いものが芽生えてきて、だんだんと夜には胸の痛み、締め付けられるような恐ろしい痛みが激しくなり出しました。

それから、それを忘れるように勉学に励むようになり、二年次には、フル単に近い単位をとっていました。その二年次にも、私はバイト先の女の子に軽くあしらわれ、またも失恋をしました(笑)

おかしさを覚えたのは三年次になってからでした。急に朝起きるのが憂鬱になり、大学への足も遠のき出しました。そして、次第に不眠が私を襲うことになります。

不眠というのは自殺、うつへのもっとも近い一歩であると私は思います。

失恋、それを契機とした勉学への過剰な勤しみ、おそらく、心のどこかでドス暗い何かが溜まっていったのでしょう。それが爆発して、不眠となったのではないでしょうか。

それ以外にも、私はサークルなどにも入っていなく、友人もほぼいなかったということ、大学への失望(生徒のやる気のなさ、授業のつまらなさ)を感じていたこともあったと思います。

僕は、不眠が起きて、初めてうつ病だと宣告されました。

それから、薬を飲み始める毎日が始まります。

実は、不眠は大学時代に始まったことではなく、しかもここからはさらに長い憂鬱で暗い日々が続くのですが、この話はまた今度にいたしましょう。

 

本題に移りますが、うつ病完治、寛解への道は、私は薬でもなく、生活習慣でもなく、自分自身のマインドだと思っています。

薬はその場しのぎにしかならず、生活習慣も睡眠習慣以外には、私にはさして意味のないことにしか思えません。

マインドというと、自己啓発本を思い出しますが、私には自己啓発本も意味がないと思えます。周りをみて自己啓発本を読んで変わった人がいるでしょうか?きっといないでしょうね。他人の言葉は私は気休めにしかならないと思っています。読んで実践した気になってしまうのが一番の問題なのです。

では、どうすればいいか?私はまず哲学という力をつかって解決していきたいと思っています。哲学といえば、難しいイメージをお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、それは書き手によるのです。たしかに哲学は難しいですが、哲学を志さない人間は原著を読む必要はないと思います。

私は、哲学をつかって解決すると言いましたが、まず哲学で最も大切にされることは「認知バイアス」を崩すことにあります。

言い換えれば、既成概念、固定概念、偏見、です。

うつ病の患者さんに多いのが、この認知バイアスです。

認知バイアスがなぜ恐ろしいかというと、これがうつ病を長引かせる主たる原因であるといえるからです。

我々の周りには、様々な認知バイアスが存在しています。

有名どころでいえば、正常性バイアスです。

例えば、台風が今日襲って来るとしますが、我々は台風ごときでは避難するという判断をくださない場合が多いです。なぜなら、窓が割れたことも、家が飛ばされたこともないからです。これが、正常性バイアスです。人間はある程度そういった、「ある危機」に鈍感に作られているからです。

ですが、令和元年に起きたあの大きな台風を覚えているでしょうか。あの時、まさに私の目には「正常性バイアス」が起きているように思えました。

こういった日常に蔓延る様々なバイアスを崩さなければ、うつ病は完治、寛解へと向かわないことは明らかです。

非常にささいなことのように思えますが、私たちは、思っているよりも、はるかに認知バイアスに動かされて生きています。

この認知バイアスを使ってどうすればうつ病寛解へと向かわせられるか、はまた次回ということでお願い致します。

ここまで、読んで頂き、ありがとうございました。